サイレンススズカ

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サイレンススズカ



サイレンススズカは、1994年5月1日に北海道平取の稲原牧場で産まれました。
サイレンススズカは、父サンデーサイレンス母ワキアという血統の牡馬です。
母ワキアは、当時トニービンを種付けする予定だったそうだが、トニービンは予定が埋まっていたので、変わりにサンデーサイレンスを種付けするようになったそうだ。


サイレンススズカは、滋賀県栗東市の橋田厩舎へ入厩することになる。
サイレンススズカは、1997年2月1日に京都競馬場の芝1600メートルの新馬戦に上村騎手で出走し7馬身差で圧勝した。


サイレンススズカは、続く中山競馬場で行われた弥生賞芝2000メートルに出走したが、出遅れて完敗しました。
阪神競馬場の500万下レースの芝2000メートルに出走し、これまた7馬身差で圧勝しました。


ダービーに出るためには、賞金を加算しておかないと出走できないので、プリンシパルSというトライアルレースに出走したが、サイレンススズカは、故障明けで決して満足のいく状態ではなかったそうで、ダービーに出したいあまりに出走に踏み切ったのである。
2番手でレースを運び、直線でフラつく場面もあったが、後のG1馬マチカネフクキタルを抑えて優勝し、ダービーへの切符を手にした。


サイレンススズカは、ダービーに出走したものの激しいイレ込みと状態もよくなかったために9着に敗れました。
サイレンススズカは、夏場を休養し神戸新聞杯・天皇賞秋・マイルCSで敗れた後、香港国際カップに出走しました。
香港国際カップでは、日本ナンバーワンジョッキーの武豊騎手に手綱が変わって5着に敗れはしたが、武豊は「この馬は凄い馬だ」と秘めた能力を感じたそうです。


その後、サイレンススズカの快進撃が始まりました。
東京芝1800メートルのバレンタインS、中山芝1800メートルの中山記念、中京芝1800メートルの小倉大賞典を快勝し、続く中京芝2000メートルの金鯱賞で、サイレンススズカの真の強さをみせつけました。
サイレンススズカは、スタートしてから大逃げをして後続を突き放し、4コーナーでもその差は開いているのではないかと思うくらいに離れて競馬場はどよめく。
一向に差はつまらず、1分57秒8という中京芝2000メートルのコースレコードで圧勝したのである。
サイレンススズカは、次走の阪神芝2200メートルのG1宝塚記念も勝利し、とうとうG1馬の仲間入りをしました。


サイレンススズカは、夏を休養後東京芝1800メートルの毎日王冠に出走し、まさに人馬一体といったレースでG1馬エルコンドルパサーを完封しました。
このレースがサイレンススズカのベストレースだと個人的には思っています。


サイレンススズカは、次走の東京芝2000メートルのG1天皇賞秋に出走し、スタートして気分よく走っていたが、4コーナーで手前を変えた時にバランスを崩してしまい、粉砕骨折・・・。
彼は、予後不良となり二度とターフには帰りませんでした。







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